大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成3年(行ケ)55号 判決 1992年4月28日

大阪府大阪市中央区平野町二丁目一番二号

原告

日本臓器製薬株式会社

右代表者代表取締役

小西甚右衛門

右訴訟代理入弁護士

水田耕一

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 深沢亘

右指定代理人

日野あけみ

加藤公清

有阪正昭

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者が求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和六三年審判第六七三五号事件について平成二年一二月一三日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

小西龍作は、昭和五六年一二月一四日、名称を「救急絆創膏」とする考案につき実用新案登録出願をし、原告は、右考案に係る実用新案登録を受ける権利の譲渡を受け、昭和六〇年一二月一四日その旨出願人の名義変更届を行うとともに、特許法四六条一項に基づき前記出願を特許出願に変更したところ、昭和六三年二月五日拒絶査定を受けたため、同年四月一三日に審判請求をした。特許庁は、右請求を同年審判第六七三五号事件として審理した結果、平成二年一二月一三日、右請求は成り立たない、とする審決をした。

二  本願発明の要旨

「パッドを装着した粘着シートと剥離シートとからなり、該剥離シートには、薬剤被覆膜によりその下面がシールされ、かつ薬剤を内包するブリスター部が前記パッド上に位置して設けられており、該ブリスター部には凹状の突起が設けられている救急絆創膏。」(別紙図面(一)参照)

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項に記載のとおりである。

2  引用例(実公昭五四-二三一九七号公報、昭和五四年八月九日出願公告)には、滅菌乾燥ガーゼを粘着テープの粘着面の中央部に置き、固定端を粘着テープの粘着面に貼着すると共にガーゼを被覆した粘着面カバーのガーゼに面した部分に、少なくとも粘着面カバー以下の強度を有する破れやすい素材よりなる薄膜で掩われている液嚢に予め消毒薬を収容してなるアドヒーシブ・バンデージが記載されている(別紙図面(二)参照)。

3  両者を対比すると、ガーゼはパッドの一種であり、粘着テープは粘着シートに、粘着面カバーは剥離シートに、ブリスター部は液嚢に、アドヒーシブ・バンデージは救急絆創膏に相当するから、両者は、パッドを装着した粘着シートと剥離シートとからなり、該剥離シートには、膜によりその下面が掩われ、かつ薬剤を内包するブリスター部が前記パッド上に位置して設けられている救急絆創膏の点で一致するが、本願発明のブリスター部には、凹状の突起があるのに対し、引用発明のブリスター部には凹状の突起がない点で相違する。

4  相違点についてみると、破れやすい材質で境界を作った容器の境界と対向する容器の内側面に突起を設け、容器の外側面よりその突起の上部を押圧し、その突起により、境界を破り、内部の液体を放出させる構造は、例えば、特開昭五四-一八三九四号公報(昭和五四年二月一〇日出願公開、以下「周知例一」という。)、特開昭五二-一二六九八八号公報(昭和五二年一〇月二五日出願公開、以下「周知例二」という。)、米国特許第四一一七八四一号明細書(一九七八年一〇月三日発行、以下「周知例三」という。)にもあり、本願出願前周知であり、右米国特許明細書には救急絆創膏について記載されている。

したがって、絆創膏における薬剤の放出を容易にするために、薬剤を被覆する膜に対向するブリスター部の内側面に突起を設けることは当業者が必要に応じて容易になし得るものと認められる。また、ブリスター部の突起の上部を凹状とすることも、指で押圧することにより下方に移動せしめる突部を有するものにおいて、その操作を確実かつ迅速にするために、その突部の表面に指にフィットする凹部を設けることは本願出願前普通に行われており(例えば、昭和五四年九月一八日発行の実願昭五三-三〇三八五号の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム参照、以下「周知例四」という。)、本願発明においても、操作を確実にするために、ブリスター部の突起の上部を凹状とすることは当業者が適宜なし得る程度のことにすぎない。

そして、本願発明はそのことにより格別顕著な効果を奏し得たものとも認められない。

5  よって、本願発明は、引用例記載の事項及び周知事項から当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法二九条二項により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決の理由の要点1ないし3は認めるが、同4、5は争う。審決は、各周知例の技術内容を誤認した結果、相違点に関する判断を誤るとともに、本願発明の顕著な作用効果を看過したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

1  相違点に関する判断の誤り-その1(取消事由(1))

審決は、周知例一ないし三の技術内容を「破れやすい材質で境界を作った容器の境界と対向する容器の内側面に突起を設け、容器の外側面よりその突起の上部を押圧し、その突起により、境界を破り、内部の液体を放出させる構造」と認定した上で、これを基にして「絆創膏における薬剤の放出を容易にするために、薬剤を被覆する膜に対向するブリスター部の内側面に突起を設けることは当業者が必要に応じて容易になし得るものと認められる。」とするが、右の認定判断は以下に述べるように誤っている。

すなわち、周知例一、二は、破れやすい材質で境界を作り、右境界によって分けられた二つの密閉領域のそれぞれに異なる種類の二成分を収容する容器において、容器の一方の密閉領域には、右境界と対向する容器の内側面に突起を設け、容器の外側面よりその突起の上部を押圧することにより、その突起をもって右境界を破り、該密閉領域内にある成分と他の密閉領域内にある成分との混合を可能にする構造であるから、いずれにおいても、突起による境界の破壊により、収容されている成分が、容器中の他方の密閉領域内に移動するに止まり、容器の外部に放出されることはないのである。したがって、審決の「その突起により、境界を破り、内部の液体を放出させる構造」との認定は誤っている。

その上、周知例一、二は、絆創膏とは無縁の二成分混合用容器の構造に係るものであり、このような絆創膏とは構造及び使用目的を全く異にする物品に関する技術を救急絆創膏に用いること自体困難である。

また、周知例三は、審決認定のような前記技術内容を有しないのみならず、絆創膏ストリップ(本願発明における「粘着シート」に該当する。)と液体不浸透性シート(本願発明における「剥離シート」中のブリスター部を形成する部分に該当する。)とによって、その間に形成される空洞が、本願発明の「ブリスター部」に該当するものであるところ、周知例三においては、液体不浸透性シートの側ではなく、絆創膏ストリップの側に突起物が設けられているのであるから、これを本願発明に即してみると、「剥離シート」中、ブリスター部を形成する部分の側ではなく、「粘着シート」の側(本願発明の構造からすれば、粘着シートに装着される「パッド」の面)に突起物が取り付けられていることになるのである。それゆえ、審決のいうように、絆創膏における薬剤の放出を容易にするため、「ブリスター部の内側面に突起を設けること」を同周知例から当業者が容易に想到することはできないというべきである。

しかも、本願発明の特許請求の範囲にいう「ブリスター部には凹状の突起が設けられている」とは、ブリスター部の頂部に凹状の窪みが設けられていることで、ブリスター部の表面からみれば、凹状の窪みであり、内部からみれば、内部へ突き出した突起であることから、これを前記のように「ブリスター部には凹状の突起が設けられている」と表現したものである。そして、このような構造は前記各周知例のいずれにもみられず、また、示唆されるところのないものであるから、前記各周知例から、ブリスター部の内側面に突起を設けることを当業者が容易に想到することは到底できないものであり、審決の判断は誤っている。

したがって、審決は、前記各周知例の技術内容を誤認し、誤認した技術内容を前提として相違点の容易想到性の判断を誤ったものであるから、違法であり、取消しを免れない。

2  相違点に関する判断の誤り-その2(取消事由(2))

審決は、「指で押圧することにより下方に移動せしめる突部を有するものにおいて、その操作を確実かつ迅速にするために、その突部の表面に指にフイットする凹部を設けることは本願出願前普通に行われて」いたとして、周知例四を挙げる。

周知例四は、ビデオゲーム機等に使用するキーボード上に配置されるキーボタンに関するものであり、同周知例に関する甲第九号証の記載に照らせば、同周知例は、一般に硬質のプラスチック材料でできているこの種のキーボタンについて、キーボタン上面に凹部を形成し、かつ凹部の最低部を中心位置からややずらせた位置とすることにより、指で接する場合の感触性及び操作性を改善し、もってキーボタンを下方に移動させるための確実で素早い操作を可能としたものであることがわかる。

ところで、本願発明において周知例四のキーボタンに相当するものは、「ブリスター部」であるところ、本願発明のブリスター部は押圧することにより下方に移動させるものではない。ブリスター部を押圧することによりこれを変形させて、その頂部に設けられている凹状の窪みの先端を薬剤被覆膜に接触させてこれを破壊するものである。ブリスター部のような液体収納体を押圧変形する操作を容易ならしめるため、その表面に凹状の窪みを設けるとの技術思想は、周知例四にもみられず、本願出願前に普通に行われているものではなかった。

しかるところ、審決は「本願発明においても、操作を確実にするために、ブリスター部の突起の上部を凹状としてみることは当業者が適宜なし得る程度のことにすぎない。」としているが、右判断は次の二点において誤っているものである。

まず第一は、「操作」内容の混同である。周知例四においては、「突部」を指で押圧することにより移動させる操作が行われるのに対して、本願発明においては、ブリスター部を押圧することにより変形させる操作が行われるのであって、両者の「操作」内容は異なる。前者の操作に比して、後者の操作の方が、操作を確実にする上において表面の窪みの存在が遙に重要である。

第二に、周知例四における「突部」を「ブリスター部」と混同している点である。前者の突部は、甲第九号証の第1図、第3図、第4図にみられるように、下から上に向かって突出して形成されているもので、その下部が上下動自在に支持されているものである。これに対して後者の「ブリスター部の突起」は、同部の頂部に上から下に向かって突出して形成されているものであり、その上部がブリスター部によって固定支持されているものであるから、本願発明の「ブリスター部の突起」を周知例にみられる「突部」と同視する余地はない。しかも、「ブリスター部の突起」が下方に移動するのは、突起だけが移動するのではなく、突起の上部を固定支持しているデリスター部全体が押圧により変形し、その頂部が薬剤被覆膜に近づくことによるものであり、この点からみても、審決のいう周知例四における「指で押圧することにより下方に移動せしめる突部」と、本願発明の「ブリスター部」とが相違することは明白である。

以上のように、周知例四の突部表面に凹部を設けることと、本願発明のブリスター部の頂部に窪みを設けることの意味が、「操作」の内容面からみても、また、「突部」の構造面からみても、全く相違するものであるから、前記の審決の判断は誤っている。

3  本願発明の奏する顕著な作用効果の看過(取消事由(3))

審決は、本願発明の奏する作用効果について、本願発明の構成を採用することにより「格別顕著な効果を奏し得たものとは認められない。」とするが、以下のように誤っている。

本願発明は、「ブリスター部には凹状の突起が設けられている」という前述した構成を採用することにより、「所望の場所、一般的にはパッドの中央部に対応する箇所の薬剤被覆膜を、容易にかつ確実に破壊することにより、薬剤をパッドの所望の場所に無駄なく確実に移動することができるようにする」との効果を奏するものである。すなわち、本願出願前の公知技術である引用例や米国特許第三二九七〇三二号明細書(甲第七号証)に記載の絆創膏においては、ブリスター部を押圧したとき、力がブリスター部全体に分散し、ブリスター部との接触により、薬剤被覆膜を破壊することは困難であった。ブリスター部の内部圧力の上昇により薬剤被覆膜が破壊される場合には、破壊箇所がブリスター部と薬剤被覆膜の接線部分となり、薬剤がパッド外縁部又はパッド外に移動し、その効果が損なわれるという問題があったのであり、かかる欠陥が救急絆創膏として致命的な欠点とされていたのである。救急絆創膏においては、ブリスター部に内包される各種薬剤の薬効を確保することが肝要であり、そのためには、パッド上の所望の場所に内包された薬剤の全量を確実に移送する必要があるのである。本願発明は、このような課題の解決を図ったものであり、かかる課題の解決を示唆する技術思想は、本願の出願前には全くなかったものである。

また、救急絆創膏のブリスター部に内包される「殺菌消毒薬」は、目に入らないようにしなければならないが、引用例や甲第七号証記載の絆創膏においては、ブリスター部の内部圧力の上昇により薬剤被覆部が破壊される際、薬剤が周辺に飛び散り、使用者の目に入る危険も大きいが、本願発明においては、凹状の突起によって、所望の場所の薬剤被覆膜を確実に破壊することができるようにすることにより、かかる危険を回避することができるようにしたものである。

さらに、本願発明にあっては、剥離シートにブリスター部が設けられ、該ブリスター部に凹状の突起が設けられているため、凹状の突起により薬剤被覆膜を破壊して、ブリスター部内の薬剤をパッドの所望の場所に移動させた後は、もはや凹状の突起の役割が終わるので、剥離シートを粘着シートから除去することにより、凹状突起も除去されることになり、傷口には薬剤の付いたパッドのみが適用されることになる。

これに反して、周知例一ないし三にあっては、突起物を除去するという技術思想はなく、突起物を付けたまま当該物品を使用するものであるため、絆創膏に係る周知例三においてさえ、絆創膏は突起体が残存したまま、かつ、その先鋭部分が傷口に向かった状態で傷口に適用されるため、突起体により傷を一層痛める可能性があり、そうでなくても使用感が極めて悪いという欠点を有していた。

本願発明は、前記の如く、凹状突起により薬剤被覆膜を破壊して、ブリスター部内の薬剤をパッド上の所望の場所に移動させたのち、凹状突起が設けられている剥離シートを除去した上、薬剤の付いたパッドを有する粘着シートのみを傷口に適用することにより、使用上の危険や違和感が解消されている。

したがって、凹状突起により薬剤被覆膜を破壊した後は、凹状突起を除去して当該物品を使用するという点においても、本願発明は周知例にみられない顕著な作用効果を有することは明らかでり、剥離シートに設けられるブリスター部の内側面に突起を設けることが、当業者にとって容易になし得るものであるとした審決の判断は誤っている。

救急絆創膏に関する本願出願前の技術水準に照らしてみると、周知例一、二はいずれも救急絆創膏に関するものではなく、しかも、二成分の混合のため、二個の密閉した領域内の境界を突起により破り、両密閉領域の間における成分の移動を可能にするというものにすぎないから、これを救急絆創膏に適用し、薬剤被覆膜の所望の場所を確実に破壊して、薬剤をパッドの所望の場所に無駄なく確実に移動するという技術思想に達し得るものとは到底認めることはできない。また、周知例三は、救急絆創膏に関するものであるが、該救急絆創膏においては、シートに圧力をかけて突起物に接触させることによりシートに穴を開け、その穴を通って薬剤が傷の上に放出されるものとされているので、そこには、薬剤被覆膜の所望の場所を確実に破壊して、薬剤をパッドの所望の場所に無駄なく移動するという技術思想の存在を認めることはできない。

したがって、審決が、「絆創膏における薬剤の放出を容易にするために、薬剤を被覆する膜に対向するブリスター部の内側面に突起を設けることは当業者が必要に応じて容易になし得るものと認められる。」としたのは、本願発明が「所望の場所の薬剤被覆膜を容易に、かつ確実に破壊することができ、従って薬剤はパッドの所望の場所に無駄なく確実に移動する。」という顕著な効果を奏し得ることを看過し、本願発明における「ブリスター部には凹状の突起が設けられている」との構造が、単に薬剤の放出を容易にするためのものにすぎないものと誤認したものといわなければならない。

以上の次第であるから、審決の相違点に関する判断及び本願発明の作用効果に関する判断はいずれも誤っているから、審決は違法として取消しを免れない。

第三  請求の原因に対する認否及び反論

一  請求の原因に対する認否

請求の原因一ないし三は認めるが、同四は争う。

二  反論

1  取消事由(1)について

原告は、周知例一、二は、両者共、突起による境界の破壊により、収容されている成分が、容器中の他方の密閉領域内に移動するに止まり、容器の外部に放出されることはないとした上で、右各周知例に関する審決の「その突起により、境界を破り、内部の液体を放出させる構造」との認定は誤っていると主張する。

しかし、内部、外部は相対的なものであり、前記各周知例についてみると、原告のいう「一方の密閉領域」が容器に、「他方の密閉領域」が外部に当たるから、「一方の密閉領域」から「他方の密閉領域」に液体を移動させることが、容器の内部の液体を容器の外部に放出することになり、前記各周知例に関する前記認定に誤りはない。

また、周知例三についてみると、同周知例における空洞部26を形成している絆創膏ストリップと液体不浸透性シートの部分が容器に当たり、液体不浸透性シートは破れ易い材質でできており、該シートは外部との境界をなしている。そして、絆創膏ストリップの部分の外側面を押すと、突起の上部が押圧され、その突起により、破れ易い材質の部分が破られるのであるから、「破れ易い材質で境界を作った容器」、「容器の外側面よりその突起の上部を押圧する」、「その突起により境界を破り」というそれぞれの構造を有しているものである。

以上のように、前記各周知例は、液体を内包する容器の一部を他の部分より破れ易い材質で作り、容器を押圧することにより、その破れ易い部分を破壊し、内部の液体を放出させる構造のものにおいて、その破れ易い部分に相対する面に突起を設け、その突起の上部を外側から押すことにより、破れ易い部分の破壊を容易に行うことが周知であったことを示しているものである。

また、原告は、周知例三は、突起物が液体不浸透性シートの側ではなく、絆創膏ストリップの側に設けられているのであるから、かかる例から、絆創膏における薬剤の放出を容易にするため、「ブリスター部の内側面に突起を設けること」を当業者が容易に想到することはできないと主張する。

しかし、引用例の救急絆創膏を知る者が、突起を粘着シート側に取り付けるはずはない。引用例における破れ易い膜は粘着シート側にある。その膜が破壊されると、膜と粘着シートの間に位置するパッドに、薬剤がしみ込んでいくことになる。膜の上に突起を設けたのでは、パッドに薬剤を供給できず意味がない。必然的に膜に相対するブリスター部の内側面に取り付けることとなる。また、引用例のように、不要な部分を剥離シートと一緒に取り去ってから用いる絆創膏の場合、突起が残存していたら、傷口に触れたときに痛みを生じることが明白であるのに、不要になった突起を使用に際して残存させておくようなことを当業者が考えるわけはなく、いずれにしても、引用例の絆創膏に突起を設ける場合、ブリスター部の内側面に設けるしかないのである。

原告は、周知例一、二は、絆創膏とは無縁のもので、このような構造及び使用目的を全く異にする物品に関する技術を救急絆創膏に用いること自体困難であると主張するが、周知例一は、薬学的製剤用の容器、同二は温灸、温湿布器具であって、絆創膏と同様に医療用途に用いられるものであり、審決では、周知例として特に医療という共通の用途のものを例示したものであるから、原告のこの点に関する主張は失当である。

原告は、本願発明の特許請求の範囲にいう「ブリスター部には凹状の突起が設けられている」の意義について、「ブリスター部に設けられた凹状の突起とは、ブリスター部の表面からみれば凹状の窪みであり、ブリスター部の内部からみれば内部に突き出した突起」であると主張するところ、このことは、審決がいうところの「薬剤を被覆する膜に対向するブリスター部の内側面に突起を設け」、「ブリスター部の突起の上部を凹状とする」ことと実質上異ならず、前者については、周知例一ないし三から容易に推考し得るところであることは既に述べたとおりであり、後者については、取消事由(2)に対する反論の中で触れることとする。

2  取消事由(2)について

原告は、審決における「指で押圧することにより下方に移動せしめる突部を有するものにおいて」という表現に対して、ブリスター部は押圧することにより変形させるものであって、下方に移動させるものではないから、操作が周知例四とは異なると主張する。

しかし、右主張は原告がブリスター部が変形するという現象のみをとらえ、変形によりブリスター部の頂部が下方に移動するという現象を無視しているにすぎない。指で押圧することにより下方に移動せしめる突部を有するもの、換言すると、出っ張った部分を指で押し下げるものにおいて、指で押すことにより出っ張った部分全体が一体的に下がるか、変形して出っ張った部分の頂部が下がるかは、指で押し下げるという操作としては変わりがない。そして、出っ張った部分、すなわち、突部を下方に指で押し下げる場合、突部が小さいものでは、指で押した際に指が滑ったりして突部の頂部を正確に捕らえにくい。そのような場合に、その操作を迅速、かつ、正確に行うために、突部に指にフィットする凹部を設けることは普通に行われている。その一例として審決では周知例四を挙げ、キーボタンに設けた凹部を示したが、これに限らず、この技術は共通の目的、機能を必要とする多くのものに応用され、種々の技術分野において多くの人に知られている技術である。

引用例において、ブリスター部に突起を設けた場合、ブリスター部を押し下げること、すなわち、突部を下方に移動させることにより、ブリスター部に結合する突起を下方に移動させて膜を破る必要がある。そのような場合に、迅速、かつ、確実に出っ張った部分を指で押し下げるという共通の目的、機能を達成するために、出っ張った部分(突部)に指にフィットする凹部を設けることは、当業者が極めて容易になし得ることである。

本願発明と周知例四は、突部を下方に移動させるという操作において変わりはないし、突部を下方に移動させることにより、突部に結合する突起も移動することは事実であるが、審決が突部とブリスター部の突起を混同しているわけではないから、審決の判断に誤りはない。

3  取消事由(3)について

原告は、審決は本願発明の格別顕著な効果を看過しているとして「格別顕著な効果を奏し得たものとは認められない。」とした審決の認定判断を非難するが、前記各項に述べたところから明らかなとおり、原告主張のいずれの効果も、当業者において予期できたものであって、格別顕著なものではないから、右主張は失当である。

第四  証拠

証拠関係は、書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二  本願発明の目的、構成、効果について

成立に争いのない甲第二号証(本願発明に係る昭和六二年一〇月九日付け手続補正書)によれば、以下の事実が認められる。すなわち、

殺菌消毒剤、創傷治療剤を含浸させたガーゼを通気孔を有する粘着シートに装着し、使用時に裏面の剥離紙を剥がして前記ガーゼ部を傷口局所に当てて使用する従来品に係る繁用の簡易救急絆創膏においては、予め薬液をガーゼに含浸させておくことによる薬液の蒸散や効力の失活の問題、ガーゼ部の乾燥による局所への当接に当たっての傷口を傷めるおそれや使用に際しての痛みを感じさせる点、また、薬剤被覆膜により薬剤をシールしたブリスター部を有し、使用時にブリスター部を指で押圧して薬剤被覆膜を破壊することにより薬剤をパッドに含浸させる救急絆創膏(米国特許第三二九七〇三二号明細書、甲第七号証)にあっては、ブリスター部が平滑な表面を有するため、これを押圧した時、力がブリスター部全体に分散し、押圧部全体が不規則に窪み、ブリスター部が薬剤被覆膜に到達してこれを破壊することは困難であり、しかも、破壊された場合においても、破壊箇所はブリスター部と薬剤被覆膜との接線部分となるため、薬剤がパッド外縁部又はパッド外に移動するという問題点を有していた。また、米国特許第四一一七八四一号明細書に示された絆創膏(周知例三)においては、絆創膏が突起体を残存したまま、かつ、その先鋭部分が傷口に向かった状態で適用されるため、突起体により傷口を一層傷めるおそれがあゐという基本的問題点を有する他、薬液を無駄にする等の問題点を有していた。

本願発明は、従来の救急絆創膏の有した以上のような問題点の解決を目的として、前記本願発明の要旨記載の構成を採用したものであり、その特徴は、剥離シートに、薬剤被覆膜でその下面をシールし、かつ、薬剤を内包するブリスター部をパッド上に位置して設け、ブリスター部には凹状の突起を設けた点にある。本願発明におけるブリスター部の押圧操作は、ブリスター部の凹状突起の窪み部分に指を掛けて行うため、操作が非常にし易く、また、突起部分は所望の場所、一般的にはパッドの中央部に対応する箇所の薬剤被覆膜を容易に、かつ、確実に破壊することができるため、薬剤はパッドの所望の場所に無駄なく、確実に移動する。そして、薬剤移動後は、薬剤被覆膜及び凹状突起が設けられているブリスター部を有する剥離シートは粘着シートから除去され、傷口には粘着シートのみが適用されるため、使用上の危険性や違和感がなく使用することができるものである。

三  引用例及び周知例について

引用例記載の技術内容並びに引用発明と本願発明との一致点及び相違点が審決の理由の要点2及び3記載のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがないところ、原告は、審決の各周知例の技術内容の把握は誤りであり、これを前提とする相違点の判断も誤っていると主張するので、まず、各周知例の技術内容について検討することとする。

周知例一についてみると、成立に争いのない甲第四号証(周知例一に係る公開特許公報)によれば、同発明は、別々の区画部に一種ずつ二成分を包含させ、これを貯蔵中は別々にしておき、使用あるいは適用の直前で混合できるようにすることを課題としたペニシリン混合物等の薬学的製剤等の容器に関するものであり、右課題を解決する手段として、混合物の一つの成分をそれぞれ含有するようになっている二個の密閉した区画部を設けるとともに、容器の外壁に内側配向エツジを配設し、二成分の混合は、右内側配向エツジを押圧することにより、右区画部の仕切り部分を破壊して行うことが記載されており、これを左右する証拠はない。

また、同二についてみると、成立に争いのない甲第五号証(周知例二に係る公開特許公報)によれば、同発明は、使用時に、化学物質に水を添加して化学作用を起こし、その発熱を温灸、温湿布に利用するための発熱剤器具に関するものであり、右課題を解決する手段として、「発熱剤を入れる耐熱材よりなる容器と、貯水部とを接し、破れやすい材質で境界を作つた構造よりなる温灸器具及び温湿布用器具」及びその実施例として、水及び発熱剤を内包する容器部分が境界部を挟んで接しており、水を内包する容器内に突起物が設けられている例が図と共に示めされており、この突起物によって前記境界部を破壊することにより、水が発熱剤と混合して、発熱することが開示されており、他にこれを左右する証拠はない。

さらに、同三についてみると、成立に争いのない甲第六号証(周知例三に係る米国特許第四一一七八四一号明細書)によれば、同発明は、薬用絆創膏に関し、「向かい合った二つの面を有する少なくとも一つの粘着コートされた絆創膏ストリップを有し、粘着性はその片面に施されており、部分的に硬質で下方へ突き出ている突起物がその面の一部分に少なくとも一つ取り付けられており、液体不透過性シートが両端でその面に結合して突起物の突き出している空洞が形成されるような間隔で設けられており、該液体不透過性シートは粘着コートされたストリップ面を部分的に覆っており、一定量の液状またはゲル状活性物質が該空洞に入れられ、該液体不浸透性シートに力をこめて穴を開けることによって薬剤がそこから放出されるように構成された、一定量の活性成分を放出可能な状態で内包する絆創膏」の構成を開示しており(甲第六号証訳文二頁下から四行ないし三頁五行)、他にこれを左右する証拠はない。

四  審決取消事由について

1  取消事由(1)について

原告は、審決の相違点に関する容易想到性の判断は誤りであるとして、まず、周知例一、二の技術内容について、これらはいずれも突起による境界の破壊により、収容されている成分が、容器中の他方の密閉領域内に移動するに止まり、容器の外部に放出されることはないのであるから、審決の「その突起により、境界を破り、内部の液体を放出させる構造」との認定は誤っていると主張するのでこの点について検討する。

前記認定の周知例一及び二に照らせば、これらの周知例においては、いずれも容器内に破れやすい材質で作つた仕切り部ないし境界部を設け、これをエツジないし突起物により破壊することにより、二成分ないし水及び発熱剤を混合させるものであるから、収容されている成分が、容器中の他方の領域内に移動するに止まり、容器の外部に放出されるものでないことは、原告指摘のとおりである。

しかしながら、前記認定から明らかなように、右各周知例においては、使用直前における混合が望ましいとの技術課題等を解決するために、区画密閉された部分に内包されていた成分が、使用時における突起物等による破れ易い仕切り部ないし区画壁の破壊により、他方の区画部分に放出される構造が示されているのであるから、審決の「その突起により、境界を破り、内部の液体を放出させる構造」との認定に誤りはないというべきである。この点につき、原告は、前記各周知例においては、容器の外部に放出されるものではないというが、なるほど、各区画部を持った全体としての容器からみると、境界壁の破壊により右容器の外部に成分が放出されるものではないが、各区画部は境界壁が破壊されるまでは、それぞれ独立した密閉領域を形成していることは明らかであるから、これを一つの容器と観念することが可能であり、このように考えるならば、仕切り部ないし境界壁の破壊により、右容器内に内包された成分がその容器外、すなわち外部へ放出されるものとみることが十分可能であるから、原告のこの点に関する非難は当たらないものというべきである。

また、原告は、周知例一、二は、絆創膏とは無縁の二成分混合用容器の構造に係るものであるから、かかる絆創膏とは構造及び使用目的を全く異にする物品に関する技術を救急絆創膏に用いること自体困難であると主張するので、以下この点について検討する。

前項に認定したとおり、周知例一は、ペニシリン混合物等の薬学的製剤等の容器に、同二は温灸、温湿布に利用するための発熱剤器具に関する発明であることからすると、これらはいずれも医療器具の分野に属するものであり、しかも、両発明はいずれも、二成分を使用あるいは適用の直前でだけ混合できるようにすることを課題としているものであることは前記認定のとおりであり、これを本願発明と対比してみると、両者は、確かに、構造及び使用目的を異にする物品ではあるが、医療器具に係るものとして分野を共通にするのみならず、境界壁を隔てて保存していた薬液又は水等の液体を、使用直前に右境界壁を破壊して隣接の所望の領域に拡散させるという点において、技術的課題ひいてはこれを解決する技術思想が極めて類似しているということができるところであるから、当業者であるならば、かかる周知例に関する技術を本願発明に転用することが格別困難であるとすることはできないものというべきである。

また、原告は、周知例三においては、審決が認定する「破れやすい材質で境界を作った容器であ」り、「容器の外側面よりその突起の上部を押圧する」ことによって、「その突起により、境界を破」るとの構造を有さず、また、突起物が絆創膏ストリップの側に設けられていることからすると、これを本願発明に則してみると、「粘着シート」の側(本願発明の構造からすれば、粘着シートに装着される「パッド」の面)に突起物が取り付けられていることを意味するから、審決のいうように、絆創膏における薬剤の放出を容易にするため、「ブリスター部の内側面に突起を設けること」を同周知例から当業者が容易に想到することはできないと主張する。

そこで、この点について判断するに、前記認定の周知例三の構成によれば、同周知例は、一定量の液状又はゲル状活性物質を収容する空洞及び右空洞の境界壁を形成する液体不浸透性シートを具え、液体不浸透性シートは、空洞内に設けられた突起を押し当てることにより穴が開けられ、空洞内の薬液が放出されるとの構造を有するものであるから、同周知例が審決認定の構造を有することは明らかであり、右認定に誤りがあるとすることはできない。さらに、確かに周知例三においては、突起物が絆創膏ストリップの側に設けられていることは原告指摘のとおりであり、かかる構成においては、突起物が薬剤放出後も残存するため、使用感が悪く、場合によっては傷口を更に傷つけるおそれすらあることは、右構成自体から容易に予想することができるところである。他方、引用例においては、滅菌乾燥ガーゼを貼着テープの粘着面の中央部に置き、固定端を粘着テープの粘着面に粘着するとともに、ガーゼを被覆した粘着面カバーのガーゼに面した部分に、少なくとも粘着面カバー以下の強度を有する破れやすい素材よりなる薄膜で掩われている液嚢に予め消毒薬を収容してなるアドヒーシブ・バンデージが記載されていることは前述のとおり当事者間に争いがないところ、この引用発明においては、既に粘着面カバーのガーゼに面した部分に、粘着面カバー以下の強度を有する破れやすい素材よりなる薄膜で掩われている消毒薬を収容する液嚢を設けているところであるから、かかる引用発明の存在を前提として、周知例三に示される突起物の押当てによる空洞内の薬液放出の思想を適用する場合、突起物を引用発明における粘着テープのガーゼのある部分に設ける構成が不都合であることは周知例三の場合以上に明らかであるから、かかる不都合を避けるべく、粘着面カバーに設けられた消毒薬を収容する液嚢内、すなわち、本願発明におけるブリスター部の内側面に相当する部位に突起物を設けることは、容易に想到可能というべきである。

したがって、原告の前記主張は、引用発明の存在を考慮に入れない点において、相当ではなく、採用できない。

原告は、本願発明の特許請求の範囲にいう「ブリスター部には凹状の突起が設けられている」とは、ブリスター部の表面からみれば、凹状の窪みであり、内部からみれば、内部へ突き出した突起であるところ、このような構造は前記各周知例のいずれにもみられず、また、示唆されるところのないものであるから、前記各周知例から、ブリスター部の内側面に突起を設けることを当業者が容易に想到することは到底できないと主張するのでこの点について検討する。

まず、前記特許請求の範囲にいう「凹状の突起」の意義についてみるに、当事者間に争いのない前記特許請求の範囲の記載によれば、「凹状の突起」が設けられている「ブリスター部」とは、「該剥離シートには、薬剤被覆膜によりその下面がシールされ、かつ薬剤を内包するブリスター部が前記パッド上に位置して設けられ」とされていることからすると、「凹状の突起」は、剥離シートと薬剤被覆膜によって形成された部位に存在するものであり、また、突起とは、一般に凸状の形状を意味するものであるから、右「突起」も同様の形状をなすものと解すべきところ、前掲甲第二号証によって本願発明の詳細な説明をみると、右の「突起」は薬剤被覆膜を破壊する機能を有し、右破壊の際に「凹状突起の窪み部分に指をかけて行う」(四頁下二行ないし五頁四行)ものであることが認められるから、前記の「凹状の突起」とは、凸状部の反対側が凹状をした突起を意味するものと解することができる。

そして、以上からすると、本願発明の特許請求の範囲にいうところの「凹状の突起」の技術的意義は、薬剤被覆膜を破壊する機能と、凹状部分に指に掛けやすくすることにより突起による薬剤被覆膜の破壊を確実、容易ならしめる機能を有する点にあるところ、前者の機能を達成するために突起を設ける構成を採用することの想到容易性については、既に取消事由(1)に対する判断の中で述べてきたとおり採用できず、また、後者の機能を達成するために突起の凸状部の反対側を凹状とする構成を採用することの想到容易性については、取消事由(2)に対する判断において検討することとする。

2  取消事由(2)について

原告は、審決の「本願発明においても、操作を確実にするために、ブリスター部の突起の上部を凹状としてみることは当業者が適宜なし得る程度のことにすぎない。」とした判断は、第一に、本願発明と周知例四における「操作」の内容を混同した点、第二に周知例四における「突部」を「ブリスター部」と混同している点において誤っていると主張するので、以下この点について判断する。

まず、周知例四についてみると、成立に争いのない甲第九号証(昭和五四年九月一八日発行の実願昭五三-三〇三八五号の願書に添付した明細書及び図面)によれば、同周知例は、汎用されているビデオゲーム機器のキーボード上に配置されたキーボタンに関する考案であり、これらの機器においては、「操作するときの指の感触の良さ、素早くかつ正確に操作することができるなどが条件となる。」(一頁下四、三行)ことから、かかる要請を満たすべく、「平面部が押されることによつて操作が成されるキーボタンにおいて、前記平面部に操作する側から見て手前から後方へ徐々に低くなり、中心よりやや後方側で最低部となるような凹部を形成」するとの構成を採用したものであることが認められる。

そこで以上を前提にして、原告主張の第一点について検討するに、本願発明に関する前記二項及び周知例四についての右の説示からみると、周知例四のキーボタンに相当するものが本願発明における「ブリスター部」であり、本願発明においては、ブリスター部を押圧することによりこれを変形させて、その頂部に設けられている凹状の窪みの先端、すなわち突起を薬剤被覆膜に接触させてこれを破壊するものであることは、原告主張のとおりである。

ところで、原告は、周知例四におけるキーボタンの操作は、「突部」を指で押圧することにより移動させる操作が行われる点において本願発明における前記の操作とは異なると主張する。確かに、キーボタンの操作においては本願発明のブリスター部に相当するキーボタン自体が変形することはもとよりないが、両者共、指の接する部分、すなわち、本願発明のブリスター部頂部に設けられている凹状の窪みの部分とキーボタンの平面部が、いずれも下方に移動する運動において差異はなく、また、ブリスター部の変形は凹状の窪みの先端にある突起の薬剤被覆膜への到達を可能ならしめるためのものであって、それ以上の技術的意義があるものではないから、両発明における前記の「操作」内容に差異があるとすることはできず、したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

次に、前記第二の点についてみると、本願発明における「ブリスター部」が、薬剤被覆膜を破壊する機能を有する突起部を有するとともに、右破壊のための操作を確実に行うために突起の凸状部反対側を凹状とする構成を兼有するものであることは既に述べたところである。これに対し、周知例四における原告主張の「突部」とは、その主張及び前掲甲第九号証によれば、平面部のほぼ中央付近に窪みを有するキーボタンを意味するものであることは明らかであるところ、本願発明においてはブリスター部にある突起を下方にある薬剤被覆膜に、周知例四においてはキーボタンを下方に、共に、確実、かつ、正確に移動させるために、凹部ないし窪みを設けたものであることは、前述したところから明らかである。そうすると、本願発明の凹部を有するブリスター部と周知例四の窪みを有する突部が、対応し、その機能も同様であることは明らかであり、したがって、この面に着目してブリスター部と右突部とを対応するものとして捉えた審決の認定判断に誤りはない。

3  取消事由(3)について

原告は、本願発明は、「ブリスター部には凹状の突起が設けられている」という構成を採用することにより、「所望の場所、一般的にはパッドの中央部に対応する箇所の薬剤被覆膜を、容易にかつ確実に破壊することにより、薬剤をパッドの所望の場所に無駄なく確実に移動することができるようにする」との効果を奏するものであり、かかる効果をもたらす技術思想は、本願出願前には全くなかったものである、と主張する。

そこで、この点について検討するに、この効果はブリスター部に突起を設けるという構成を採用したことに基づくものであるが、引用発明及び周知例一ないし三を前提とした場合、右構成を採用することが容易であることは、既に取消事由(1)に対する判断において説示したとおりであるところ、原告主張の前記効果はかかる構成を採用することによって当然に生ずる効果というべきであるから、予測可能というべきであり、当業者において予測し得ない格別顕著な効果ということはできない。原告は、薬剤をパッドの所望の場所に無駄なく確実に移動することができるようにするとの効果をもたらす技術思想は、本願出願前には全くなかったものである、と主張するが、引用発明及び前記各周知例の開示する技術思想の中に既に本願発明のこの点に関する構成が示唆されていることは明らかであるから、右主張は採用できない。

次に原告は、救急絆創膏のブリスター部に内包される「殺菌消毒薬」は、目に入らないようにしなければならないが、引用例や甲第七号証記載の絆創膏においては、ブリスター部の内部圧力の上昇により薬剤被覆部が破壊される際、薬剤が周辺に飛び散り、使用者の目に入る危険も大きいが、本願発明においては、凹状の突起によって、所望の場所の薬剤被覆膜を確実に破壊することができるようにすることにより、かかる危険を回避することができるようにしたものであると主張する。

そこで、この点について検討するに、所望の場所の薬剤被覆膜を確実に破壊し、薬剤の飛散を防止するというこの効果は、ブリスター部に突起を設けるという構成を採用したことに基づくものであるが、引用発明及び前記各周知例からかかる構成を採用することが容易であることは既に述べたとおりであるところ、原告主張の効果は、かかる突起を設けるという構成から当然に生ずる効果であるというべきであるから、これが予測し得ない効果であるということはできない。原告は、引用例や甲第七号証記載の絆創膏においてはかかる効果はないと主張するが、審決は、引用発明に前記各周知例を組み合わせることにより、本願発明の右構成を想到することは容易であるとするものであり、引用発明にかかる効果が期待できないとしても、引用発明のみに依拠するものではないから、これがかかる効果を予測することを困難ならしめるものでないことはいうまでもないところである。

また、原告は、凹状突起により薬剤被覆膜を破壊した後は、凹状突起を除去して使用するという点においても、本願発明は周知例にみられなか顕著な作用効果を有することは明らかであり、剥離シートに設けられるブリスター部の内側面に突起を設けることが、当業者にとって容易になし得るものであるとした審決の認定は誤っている、と主張する。

そこで、この点について検討するに、この効果はブリスター部側に突起を設けるという構成を採用したことに基づくものであるが、かかる構成を採用することが、引用発明及び周知例三から容易に想到し得るものであることは、既に、取消事由(1)に対する判断において示したところであり、かつ、かかる構成を採用すれば当然に原告主張の前記効果は期待できるのであるから、この点に関する原告主張も採用できない。

さらに原告は、周知例一、二はいずれも救急絆創膏に関するものではなく、しかも、二成分混合容器にすぎないから、これを救急絆創膏に適用し、薬剤被覆膜の所望の場所を確実に破壊して、薬剤をパッドの所望の場所に無駄なく確実に移動するという技術思想に達し得るものではなく、また、救急絆創膏に関する周知例三においても、シートに圧力をかけて突起物に接触させることによりシートに穴を開け、その穴を通って薬剤が傷の上に放出されるものとされているので、そこには、薬剤被覆膜の所望の場所を確実に破壊して、薬剤をパッドの所望の場所に無駄なく移動するという技術思想の存在を認めることはできないとし、審決の「絆創膏における薬剤の放出を容易にするために、薬剤を被覆する膜に対向するブリスター部の内側面に突起を設けることは当業者が必要に応じて容易になし得るものと認められる。」との認定判断を非難する。

しかし、周知例一、二に関する前記非難が当たらないことは、既に取消事由(1)において説示したとおりであるし、同三に対する非難が当たらないことについても、既に同周知例と引用発明から容易に本願発明の構成に想到し得ることを説示したとおりであるから、いずれも採用し得るものではない。

原告は、審決は、本願発明が「所望の場所の薬剤被覆膜を容易に、かつ確実に破壊することができ、従って薬剤はパッドの所望の場所に無駄なく確実に移動する。」という顕著な効果を奏し得ることを看過したと主張するが、審決はかかる効果を看過したものではなく、かかる効果は、いずれも当業者において予想し得るものであるとするものであり、その認定判断に誤りのないことは既に説示したとおりであるから、右主張も採用できない。

したがって、審決に本願発明の顕著な作用効果を看過した違法はなく、取消事由(3)も採用できない。

五  以上の次第であるから、本訴請求は理由がなくこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 押切瞳 裁判官 田中信義)

別紙(一)

<省略>

1…粘着シート

2…パット

3…薬剤

4…剥離シート

5…薬剤被覆膜

6…ブリスター部

7…スリット

8…凹状突起

別紙(二)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例